地域や先生に見守られ、子どもたちが楽しく学び遊んだ学校があったこと、あの日その多くが失われた事実を伝えるためです。
思い出の場所、未来への学びという遺す意義がある一方、見るのがつらい、費用がかかるという声もありました。
どちらも大事な意見ですが、なかなか話し合う機会は作れず、行政や専門家も議論を避けがちでした。
2015年3月、大川復興協議会は校舎保存についての集会を開催。その中で「全体保存」という地区の方針が示されました。
保存・解体、双方の意見が交換される中で、中高生が母校を遺す意義について意見を発表したことは特筆されます。
それを受け石巻市は、2016年3月市の震災遺構として校舎を保存することを決定しました。
簡単に決めたわけではありません。その経緯もしっかり伝えていくべきです。
この場所で、何をどう遺し、伝えていくかの話合いはまだ十分ではありません。50年後、100年後を見据えた取組みが必要です。