語りにくさを語るその先に

壁画を修復するという展示「拓く」
東京で「語りにくさを語る」という大川小の企画展示が行われています。(3月22日まで)大川小のことは報道も書籍も多くあり、現地に来る人も増えています。こんなに多くの人の話題になっているのに「語りにくい」とは。

14日はトークセッションが行われ、私も登壇。話は尽きませんでした。質問もたくさん出ました。でも、語りにくい・・・。
 
津波で多くの児童・教員が犠牲になった。誰でもすぐ知ることができるし、多くの人が知っています。今はAIが詳しく教えてくれます。でも、語りにくい・・・。
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震災遺構となった学校はいくつかありますが、どこも詳しい説明板が図解・写真入りで並んでいます。それに比べ大川小は説明板がとても少なく、ガイドを聞かないと分からないことがたくさんあります。
 
3年ほど前から東北大学の学生が語り部活動をしていますが、活動を始めるときに何度も話し合ったのは「私たちが語っていいのか」でした。同じような声をよく聞きます。
 
遺族の話はインパクトがあるかもしれませんが、「特別な人の特別な話」と受け取られてしまいがちです。話す方も聞く方も気を遣ってしまうこともあります。「遺族が騒いでいる」と言われることもありました。
一方で他の人が語ると「遺族じゃないのに」「関係ないでしょ」と言われる気がして…。
 
「話す」と「語る」は同じようで違うことにも気づきます。
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伝承活動は「窓」です。報道もそうです。
以前、私はよく「報道は『切り取り』だ」と言っていました。何十分も話した中の一言だけ放送されるし、センセーショナルな言葉が一人歩きしてしまうこともあります。
 
「切り取り」も「窓」もすべてではありません。ほんの一部です。
でも、窓からは外の景色も、部屋の中もあります。光や風も通すし、調節もできます。
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15年前、私は女川の中学校にいて、3月11-12日は生徒と一緒に女川で泊まっていました。13日の午後に妻が来ました。最も言いたくない言葉を伝えるために。

あの日、言いたくない言葉を伝えるためにガレキの中を何キロも歩いた人がたくさんいました。大川小に関する伝承活動はその延長上にあると私は思っています。
言いにくくても、面倒でも、難しくても、伝えなくてはならないことがあります。
 
「語りにくい」その部分をどう語るか。語り継ぐその先にどんな未来が見えてくるか。
 
すべては伝えられなくても、光が差し込む窓のような言葉を探していきたい。
まぶしすぎず、柔らかな光がいい。
窓を開ければ、空気を入れ替えることもできるかもしれない。

東京の展示会では大学生による様々な表現を見ることができました。彼らの苦心が伺えます。想いが伝わります。そのプロセスは間違いなく大きな学びでもあります。
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15年前、「どう伝えたらいいか分からないんです」と
立ち尽くしていた若手記者を思い出します。
彼は今も取材しているかなぁ。