校長先生、よろしくお願いします!

宮城県新任校長研修会が行われました。大川小学校で行われることになって7回目です。
現在は仙台市も大川小で研修をしているので、県内のほとんどの校長先生がここで研修を受けたことになります。第1回目の様子 2020.11.4「10年目の校庭で」  あとがたり

近年、県内の学校の大川小見学が増えています。この日も仙台市の中学校が来ていました。

かつてはなんだか腰が引けている感じでした。県教育委員会の研修が大川小で行われ、遺族の話を聞くなんて…。

今年の3月に県政だよりや県の震災伝承広報紙で大川小学校の伝承活動が紹介されました。
県の担当の方も取材しながら感慨深そうでした。
「ようやく」という声もありそうですが、必要なプロセス・時間だったのかもしれません。

大川小で起きたことを、複雑に考える必要はありません。
あの時求められたのは「すぐ避難する」というシンプルなことです。
でも、何も決まっていない状態であの大災害、その判断は簡単ではありません。
決まっていればパニックになる前に動いたでしょう。

事故に結びついたのは平時の取組です。当日パニックになり判断をミスしたことは判決でも問われていません。あんなパニックではまともな判断はできないと考えるべきです。
備えが不十分で判断ミスをした。でも津波が来なかったので、たまたま助かったという
学校もありました。
あの時の校庭のことをいくら調べても特別なことは何も出てきません。どこの学校でも起こり得ます。

防災はパニックの中でスーパーマンのような行動をすることではなく、その日をどんな状態で迎えるかです。判決で問われたのは正にその部分です。

平時に気づくこと。津波が目前に迫れば誰でも気づくけれど、そのときはもう遅い。

空気と同じで、見えにくい、気づきにくい大切なことはよくあります。あと3秒で空気がなくなると言われてから気づいても遅いのです。防災に限ったことではありません。

大川小の事故は「人災」です。「人間がなんとかできる」のです。
だからこの判決を、教師の誇りに、希望にしたい。え、何言ってんの?と思われるかも知れませんが、ずっと言い続けてきました。  2018.5.16 教師の誇り

今回、多くのニュースの中に「誇り」という言葉を見つけました。
2026.5.29 河北新報
15年が過ぎ、各学校は「3.11をどう学びにしていくか」を探っています。
震災後数年は街中が震災遺構だらけで、言われなくても実感できました。
今は違います。体験のないことを「我がこと」にする「教材化」が求められます。
学びとは過去の出来事を未来へ意味づけすることです。そのために大川小は遺しました。

なかったことにしない、目を背けない、その先に何かが生まれる場所になればと思いながら話をしました。
「校長先生、よろしくお願いします!」
声がしたような。